クリスマスの教会

クリスマスイブには家族と教会に礼拝に行ってみた。プロテスタント系なので「ミサ」ではないらしい。broadmind自身はこの教会に行くのは二度目だが、日本人集会があって妻は毎週のように行ってお世話になっている。妻は信者ではないが小中高とミッション系なのでこういうコミュニティが好きなのだ。当地に長く住んでいる日本人の方々と知り合う貴重な機会でもあり、皆さん大変親切にして下さる。
さて、クリスマスは別室でやる通常の日本人集会はなく、アメリカ人中心の全体の礼拝に参加するというので、どんなものじゃろかと興味津々でbroadmindも行ってみたわけだ。学生の街ケンブリッジらしく、普段は学生の方が多いそうだが、面白いことにクリスマスは皆帰省してしまうので参加人数が激減し家族連れが目立つようになる。プロテスタントの本拠地(?)東海岸で教会に行くなんてなるとついつい構えてしまうのだが、学生が多いとメンバーの入れ替わりが激しいこともあり敷居は低くできている。「ビジター」として他宗派の信者や異教徒(笑)が訪れるのには皆慣れているようで、見知らぬ東洋人が現れても怪訝な目で見られるわけでもないし、信者かと問われるわけでも勧誘されるわけでもない。祈って歌ってお説教聞いてパンとブドウジュースをもらうだけである。いや、最後の部分はさすがに信者以外参加できないけどそれは当然というものだろう。
他にも面白い特徴多数。歌の伴奏はピアノはいいとして、ギター×2。普段はこれにドラムも加わるらしい。オルガン設備もあるように見えるのだが・・・?歌そのものも歌詞はいわゆる聖歌に近い内容だが、音楽はどことなくポップス。牧師さんもジャケット姿でポケットに手を突っ込みながらお説教。なんだかヨーロッパ的な「ミサ」の荘厳なイメージとは程遠いカジュアルな雰囲気である。あと、寄付金を募るときにチェックを切っている人が多いのもアメリカらしくて興味深い。こういうのも税控除の対象になるからなんでしょうな。全体的に、プロテスタントといっても(まあ細かい宗派ごとの違いはよくわからないのだが)「敬虔さ」は個人レベルでの話で、あまり押しつけがましく出来ていないところには好感を持った。また、出入り自由の一方で、「困っている人がいたら独りで放っておかない」システムも確立しており、「式次第」のような紙にはシングルマザーの手伝いやら何やら、コミュニティでの相互扶助掲示板みたいなコーナーがあってこれも面白い。
しかし、気になるところもある。それは「白人と東洋人しかいない」ということである。これはボストン響を聴きに行くシンフォニーホールの情景に勝るとも劣らない極端さだ。ヒスパニック系もほとんど見かけない。まあ南米は基本的にカトリックなのでこの教会には来ないということもあるのだろうが、それにしてもほんの2ブロックほど行けば黒人居住区だというのにただ一人の黒人も見かけないというのは異常な光景である。なんだか感心したような、気持ち悪いような、良い意味でも悪い意味でもアパートと大学を往復しているだけだと見られないアメリカを垣間見た経験であった。
というわけで、当然の次の展開として、近くの黒人居住区の教会へも行ってみたくなったわけだが、これはまたなかなか度胸のいることである。こういう風に感じてしまうこと自体、ある意味でpolitically incorrectではあるのだけど。