天才

そんなに人の評価には厳しくない方だと思うが、「天才」という言葉は安易に使わないようにしている。その名に値する人間にそう頻繁に遭遇することはないだろうから、あまり軽々しく使わずにその貴重な出会いのために大切に取っておきたいと思うのである。
ところが、今回インドに来てから二週間の間に、すでに「天才」の語を使いたくなる候補と二名遭遇した。第一印象だけで確定させるわけにはいかないので「候補」としておくが、それでもこの頻度は尋常ではない。
一人はハーバードの教授であるSendhil Mullainathan。Dufloと並んで開発経済学の若手のエースであるが、ケネディの所属ではないので今回初めて実物を見た。見た目はなんだかTAか何かかと勘違いしてそうであるが、当然すでにtenuredである。聞いた話の内容は一言で言うと「現場に出るときは仮説を持って行かなければならないが、予断を持ち込んではいけない」という、こうして文章にしてしまうと何も大したことがない、ごくありふれたものだったのだが、「こいつはメインストリームの経済学者のくせにちゃんと社会科学してるじゃねぇか!」という逸話満載だったので大いに驚き感心した。まあそうではないという前提で聞いている自分の偏見も相当なものだが、はっきり言って経済学の実証研究なんてものは予断を持ち込みまくってもセンスがあれば論文を量産しようと思えばできる世界(だとbroadmindは勝手に思っている)なので、これだけ慎重に研究対象に接しながら研究者としても(それも経済学者として!)productiveなのは紛れもなく天才だろう。
もう一人はインド最大の銀行ICICIの重役にしてこのインターンシッププログラムの黒幕、Nachiket Mor氏。彼は「カネのためというよりもデカい仕事をするということに自分のビジネスパーソン生命を賭けているバンカー」という意味において傑出している。恐らく文明開化期や高度成長期の日本のバンカーとも重なる部分が大きいのではないだろうか。貧困層への融資の拡大を説く際に、彼はCSRフィランソロピーのようないかがわしい話も持ち出さなければ、すぐに金が成る木が育つような安直な話もしない。「そこにmissing marketがある限り、金融機関にはビジネスチャンスがある。なぜまだ他人が手をつけていない、億単位の人間が存在する世界に新しいmarketを確立して自分のものにしようとしないのか?」と問うて若者を煽る。しかも口先だけではない。ICICIはNYにも上場しているというのに株主に訴えられないのかと心配になるくらい、研究所にもコミットしてカネを出し、しかも一人一人の研究員やインターンに直接接触して個々の関心に合致するキーマンを紹介する。一度IBankの世界を覗いた人間からすると、カネの匂いの(少なくとも今すぐには)しない人間にこれだけ親切にするバンカーというだけで驚異である。しかも結果も伴っている。彼は快進撃を続けるインド最大の銀行における出世頭であり、将来のCEOとも目されているのだ。こんな人間は日本でも、某投資銀行でも見たことはなかった。