ことあるごとにNHKを擁護して参りましたが今回のレベルの低さには心底呆れさせて頂きました。

あなたがNHKの記者だったとしよう。
さて、いくらもうかりそうだったらインサイダー取引に手を染めますか?


おいおい、いくらもうかりそうでもそんなことしちゃいかん。質問がおかしい。お前の倫理観はどうなってるんだ。
なるほどそうですか。じゃあ質問を変えてみよう。
「そこのコンビニでチロルチョコを一つ万引きしてきたらおじさんが10億あげよう」と言われたとしようじゃないか。あなたならどうしますか?


この場合、「そんなことに10億出す奴がいるわけないから信用できない」と考えるのがまあ普通で、そういう意味ではそんな話を持ちかけられても思いとどまるだろうが、もし本当に10億もらえる確証があるとしたら、自分はやってしまうんじゃないかと思う。つまり、「いくらもらっても万引きみたいな悪いことはしないから」という倫理観で思いとどまるわけではない。やっぱり10億もらえるならチロルチョコ一つくらい万引きしちゃうよ、きっと。したがって、少なくとも自分の場合、「金で売れる」程度の倫理観しか持ち合わせていないので、そういうこと自体をあまり偉そうにあれこれ言いたくない。いくらもらっても犯罪行為に手を染めない高潔な人もいるのだろうが、人間の多くは自分と同じ程度には弱いものだろうと勝手に思っている。だから、インサイダー取引をしたNHK職員の倫理が云々とか言われても、そこはピンと来ない。
しかし、本件には本当に呆れるべきポイントが二つあると考える。まず、あなたが上記のように(まあ要はbroadmindのように)カネで買える程度の倫理観の持ち主だととりあえず仮定しようじゃないか。その上で、一番最初の質問に戻る。「あなたがNHKの記者だったとして、いくらもうかりそうだったらインサイダー取引に手を染めますか?」
しないよ、これは。そう簡単には。よーーーっぽどもうかりそうなのでなければ。収入あるんだよ?安定した組織なんだよ?バレたら大変なことになるんだよ?
ひょっとすると実は借金抱えてたとか病気の家族がいるとか、掘り下げると個別の事情があるのかもしれないが、3人が3人とも目先のカネがなければ彼らの生活に重大な影響が出る緊急性があったとはとても思えない。だとしたら、倫理を問う前に、自分の信用とか生活を賭けるわけだから、千万やそこらの見通しでは怖くてできないと思う。「悪い」と思う前に、「怖すぎる」。すなわち今回の件は倫理観の低さというよりも、リスク認識という観点から驚きだと思う。ファンドで何十億もうける(結果として自分個人にも億単位の報酬が入る)というような話ではない。3人で合計100万ですよ?その程度だからバレないという思いもあったのかもしれないが、NHK職員という地位(将来に渡る雇用と収入を含め)とNHK全体の信用をリスクに晒してまでなんでそういうことができるのか全くもって理解を超えている。「NHKの記者ってこんなにバカなのがいるんだ」というのが金額を目にしたときの印象だった。
しかしまあ、そんなこと言い出したらバカはどこにでもいるわけで、バカをシステマティックに排除することはなかなか難しい。したがって、バカが出現したときに組織の存立にまで問題が大きくなるかは、組織としてどれだけの予防措置を取っているかで決まるのではないかと思う。「ここまでやってるのにそれでも隠れて悪事を働くバカがいたとしても、組織としてはもうこれ以上責任取れませんよ」というアリバイ作りもコンプライアンスの重要な要素のはずだ。その点、「NHKは会社として本当に何もしてなかったのね」というのが呆れた二つ目のポイントである。broadmindが某外資系金融機関に勤めていた時は、基本はオープンエンドの投信しか買っちゃいけなくて、それ以外の証券取引には逐一コンプライアンス部門の許可が要って、それも指定証券会社の口座以外で取引してはいけなかった。それどころか当時は実家にいたら、同居家族の分も指定会社に移せと言われて超うざかった。しかも指定会社が間もなく業務を縮小(というか実質撤退よね)したため、さらに別の指定会社に移さなければならなくなった。もちろん、会社は命令するだけで、これら移管にかかる各種コストは全く負担してくれなかった。新たな証券取引をするしない以前に、手持ちの資産(親の分含め)を管理をするだけで不便の極みである。しかし、金融機関は(少なくともインサイダー情報を扱う部署であれば)どこもそんなものではないかと思う。
ひるがえって、NHKはこんな事件が明るみに出て初めて社員調査(それも単なる聞き取り調査)を実施するなどとは、これまでは完全に野放しだったということなのだろうか?なんかもう開いた口がふさがらないというか、証券取引の常識に照らして論外という他はない。会長とコンプライアンス担当理事の辞任は当然である(ちなみに蛇足だが、私企業のトップが不祥事の際に辞任するかどうかは株主が決めればいい経営事項なのでマスコミが「なぜ辞めないのか」とかあれこれ言うのは株主資本主義に対する不当な介入だと思うが、NHKは公的機関なので今回のようなケースでトップが辞任するのは自然なことだろう)。
一方、調査したらしたで「500人が過去1年間に株取引」とか大きく報道されているが、これまたなんでそんなことが大きく報道されるのか全く意味不明で、別に会社が中身を把握してさえいれば必ずしも株取引自体をしちゃいけないわけじゃない。あくまでも組織としてのコンプライアンス体制の問題であって、その不備の中で個々の職員が取引してたとかしてないとかは、他に違法な取引の追加的な証拠が出てくるのでなければ瑣末な(というかはっきり言って無意味な)情報でしかない。同業他社やインサイダー情報を扱う他の業界と比較することなく「NHK職員はこんなに株取引をしているのか」という印象を与えるかのような報道はミスリーディングであるばかりでなく、合法的に証券取引を行った彼らの自由な経済取引に対する侵害ですらある。報道機関各位におかれては、さすがにNHKよりはコンプライアンスはしっかりしているのだろうから、新たな調査をするまでもなく「うちの社は報道関係職員○人中×人が過去一年間に株取引をしておりますが何一つ問題取引はありませんが何か?」とすぐに言える情報を持っていなければおかしいわけで、NHK職員の取引をとやかく言うならば自らそうした情報をすすんで公表するべきだと思うが、海外在住のためそうした報道をたまたま目にしていないだけなのだろうか?もしそうでなければ、NHKだけでなくマスコミ業界全体がそういう体質なのかと訝りたくなる。
とはいえ、決して他人事ではなく、現在の勤務先もコンプライアンスもっとちゃんとしてほしいと思っている。時としてインサイダー情報を扱いうる部署もある中で、十分な対策が取られているとはお世辞にも言い難い。もちろん日本の証取法の管轄には入らないわけだが、それこそ倫理的な問題なのでこういうのは徹底しておくべきだろう。フィリピンからインサイダー取引するのは実際上困難だと思うので今のところ当行にそういうことはないと信じたいが、バカはどこにでもいるので本当に恐ろしいことである。