ムハマド・ユヌス講演会雑感

  • さすがに話は上手。内容的にはすでに本やテレビを通じて知っている話がほとんどだったが(そもそもこの手の講演会でそんなに新しい、あるいは突っ込んだ話を聞こうとする方が間違っているのだが)、物乞いへの融資やヘルスケア部門への進出など、最新のトピックも紹介して話の構成にも感心させられた。
  • それにしても某教授の総括コメントはお粗末。パワポのファイルを用意していたということは急に言われたわけでもないんだろうし、ポイントを明確に、しゃべりを準備しておいてほしい。COE絡みの政治的な配慮があったかどうかわからないが、澤田先生が司会を務めると、もうマイクロクレジットについて気の利いたコメントができる教員がいない(?)という経済学部の層の薄さ(あくまで開発経済に関する、だが)が出たか?
  • 確かにコメントも質問もお粗末だった。しかし、何が日本人として本当に恥ずかしかったかというと、日本人のSocial Entrepreneurの例として出されたのが徳田虎雄だったことである(笑)もちろん、ヘルスケアに関してグラミンと徳州会が提携するということが今回のユヌス氏訪日の目的の一つだったようなので、これは彼一流のリップサービスなのは言うまでもないことだが、それにしても「社会的貢献をする投資家」の例としてこの名前が出てくるとは失笑もの。ユヌス氏はそんな日本の裏事情を知る由もないのであるから、これは他の人名が出るようにさせられない(グラミンに対して他に印象付けるような提携・貢献ができていない)日本の財界学界官庁全体の責任でしょうな。
  • 以下、内容について気付いたことを何点か。「貧困層が最も返済率の高い人たちである」という発言があった。「貧困層はカネを返さない」という固定観念を打ち破ったことは彼の偉大な実績だが、この発言は彼一流の強調だろうか、それとも実証されているのであろうか?思い出したのはセンが効用主義批判によく使う例「貧しい人たちは自らの状況を改善しようという希望や意欲すら持てないので所得/消費が少なくても現状に満足するような効用関数を持っているかもしれない」(ちゃんとした引用ではない)。つまり、貧困層は富裕層に比べて微少な所得の改善で効用が大きく増加し、限界効用が極めて早く逓減するような関数型を持っているとしたら、貧しいほどローリスクローリターンの投資機会を選び、結果的に融資の返済が可能になる。一方、富裕層の場合、大幅に所得が改善しないと大して効用が増加しないので、相対的にハイリスクハイリターンの投資機会を選ぶようになり、返済率が低くなる。こんな考え、もうとっくに検証されてる?
  • 「物乞いへの融資」について。「労働せずに達成されている経済的・社会的状態」と「可能な(と自分が思っている)選択の範囲」、そして「労働への意欲」との関係をどう考えるか?ユヌス氏は「代々物乞いの家系」の人に融資するというプランを話していたが、例えばイギリスの下層階級にあるような「代々失業者の家系」の人に同様の融資を行うと似たような結果になるのか?要は「悲惨な状態からの脱出」が肝なのか(であるとしたら、社会保障の手厚いイギリスでは大した効果を生まないはず)、それとも「労働する機会とその喜び」がミソなのか?