天上のクズ、底辺のクズ、そしてフィリピンに(また)負けたボク
喜実子のビザを更新するためにフィリピン大使館に行って来た。
妻と幹浩はまだ当分フィリピンに来られない(ことに加え、妻のパスポートはもうすぐ期限切れ、幹浩はまずパスポート取らないといかん)が、喜実子は遊びにくるかもしれないのでとりあえず一人分だけ更新しておこうと。
で、フィリピン政府から東京の大使館にレターを出してもらった上で大使館に申請へ。朝の六本木駅からフィリピン大使館に行くというイベント自体が素晴らしい。
金融危機前の勢いは衰えたとはいえ、依然としてヒルズのバブリーなオフィスでマネーゲーム(藁)に興じる天上のクズの皆様*1。
これを横目に鳥居坂方面の出口を出て、フィリピン大使館に向かう底辺のクズの皆様の列に加わる。誤解のないように言っておくが、断じて「フィリピン人がクズ」だなどと言っているのではない。日本に出稼ぎに来るようなフィリピン人はそれなりの意欲なり教育なりがある人たちだから、フィリピン的基準ではごくフツーである。ポイントはそこではなく、「フィリピン大使館に用事がある日本人の多くに底辺感が漂う」という観察事実を述べているだけである。その中に東洋英和の制服を着たお嬢さん方も混じる。向こうからすれば自分も平日の朝っぱらから薄汚れた服装でフィリピン大使館に向かう立派なクズの一員だ、という事実は棚に上げきった上で少々浮き浮きとした気分になる。ただ、東洋英和、とか聞いて思わず浮き足立ってしまうのはあくまでも自分の過去がそうさせている郷愁の産物にすぎないということを押さえておかないと、「東洋英和と聞いて思わずにやけてしまう、平日の朝からイケてない服装で一人で六本木をうろつく33歳男」というのはただの犯罪者予備軍にしか思えないので注意が必要だ。警ら中の警官二人にその辺の差異を説明したい衝動にも駆られるが、職質されているわけでもないのでやめておこう。
目的地に近付く。通り一本隔てているだけなのにこの格差はなんなのか。東洋英和とフィリピン大使館。ともあれ、東洋英和のお嬢さん方がフィリピン(人)に対してビミョーな意識を持っているとしたら、それはそれなりの理由があるというものなのだろう。東大あるいは慶應をご卒業後、外資のバンカーになるか、あるいは女子大でお茶を濁した後、バックオフィスやアシスタントを経由して億円プレーヤーの奥方に無事おさまったあかつきには、是非勝手知ったるフィリピン人メイドを雇用して家事は彼女達に任せて、自分は威勢良く子供をこさえて少子化解消に貢献して頂きたいものだ。
いつも入口付近にたむろしているフィリピン人の集団が意外に少ない。お、今日は空いてるのか?ラッキーラッキー、などと思いながら入口に到達する。
休館。
休館・・・だと・・・?
いや、6月30日に祝日なんてなかったはず。今日は水曜日だ。休みのはずがない。9時からかと思ったが、実は10時からでまだ開いていないだけか?
「アキノ新大統領就任式のため、6月30日は臨時休館日と致します」との貼り紙が目に入る。
あ、アキノぉー・・・お前か・・・お前のせいなのか・・・許さねぇぞ秋野太作めぇ・・・。
いやこれは違った。秋野太作はtakkunのお父上だ。とんだアキノ違いだ。
ノイノイ・アキノが大統領になるっつうので臨時休館かよあーそうかい。
冷静に。俺はこんな状況でもあくまでも冷静な人間だ。「フィリピンではよくあること」というムルアカの名言が頭の中でリフレインされる。いや、あれはアフリカだな。フィリピン人はムルアカみたいに背が高くないからな。まあコンゴ人も大概はムルアカより背が低いんだろうがそれは気にしないでおこう。というかなんでこんな5年くらい昔のネタが急に頭に浮かんだのかもツッコミどころだろうがそれも気にしないでおこう。いずれにせよフィリピンでは休日なんて大統領令で設定できるので、大統領就任式ともなれば休日になることもある。フィリピンではよくあること。
冷静に。俺はあくまでも冷静に、次に何をするべきかを考えた。次、次・・・この状況で次になすべきこと・・・何だ?とりあえず、スレを立てればいいのか?この心象風景を的確に表現するスレを?あくまでも、あくまでも冷静に、自分の今の気持ちをスレタイに置き換える作業を開始する。「【臨時休館】犯行予告!新大統領ノイノイを暗殺します【粉砕】」あたりがまず思い浮かぶ。いや、どう考えてもネタの書き込みでも威力業務妨害でしょっ引かれるご時世だ。ノイノイはオヤジが本当に暗殺されてるからシャレになってねーし実際。そんなことをしたら数日後には「まにら新聞」の一面を飾ることになるだろう。いくらなんでもそれはまずい。じゃ、じゃあ、ツイートか?ツイートなら大丈夫なのか?「ビザ申請に来たフィリピン大使館臨時休館がムカつくので大使館爆破なう」いやー、これもどう考えてもアウトだろうな。
無念だ。無念だが、自分のごとき人間がノイノイの大統領就任にケチをつけようという発想がそもそもあまりにも向こう見ず、ドンキホーテみたいなもんだった。素直にノイノイおめでとう、フィリピン国民おめでとう、今日は休館日で当然で、下調べしておかなかった俺が悪かった、なすべきは自己批判であって犯行予告ではない、ここで犯行予告ではなく自己批判をできるかどうかが、きっと社会に戻っていった全共闘崩れと過激派になった連中との分かれ目になったに違いない・・・。
・・・ん?今なんつった?全共闘?・・・じゃなくて、その前。ドン・・・キホーテ?ドンキホーテ!おぉ、ここは六本木。底辺の殿堂、じゃなかった安売りの殿堂、ドンキホーテがあるじゃないか!せっかくここまで来たから、ドンキ寄って買い物していくか。ということで、朝イチからドンキに乱入。安っちいネクタイを数本と財布を購入してやや溜飲を下ろす。と、ふと隣を見ると、同じく休館を知らずにやってきた帰りと思われるフィリピン人カップル(タガログ語しゃべってたので間違いない)が楽しそうにブランド時計などを買い漁っている。
・・・。ドンキにて更なる敗北感に打ちのめされる。
ドンキを出て、帰途につく。手に提げているドンキの黄色いビニール袋・・・これは、しまうべき・・・か?平日の朝っぱらからドンキの袋を提げて六本木の街を歩く33歳男(かつ東洋英和嬢を見てニヤける特性あり)、あまりにもみっともない?恥ずかしい?
いや、ドンキの袋を提げてたって、いいじゃないか。堂々としろよ。胸を張れ。フィリピン大使館に行ったけどたまたま休館だったからドンキに寄って買い物だけして帰るところです。それが事実だ。厳然たる事実。世間に恥じるところは何もない。駒野だって胸を張って帰ってきたじゃないか。恥ずかしくなんかないぞ。
・・・しかし俺は結局ドンキの買い物をビニール袋ごとカバンにしまってそれを封印した。そうして、臨時休館日にフィリピン大使館に間違って来てしまったことも、仕方なく帰りにドンキに寄ってしまったことも記憶から、歴史から抹殺しようとした。何という欺瞞!なんという小さい人間!ヒューマンがスモール!!ロシア文学的に絶叫してしまいたくなるような自分の小物ぶりに苛まれていると、自分の頭の中で声がする。「結局、また・・・負けたんだね・・・フィリピンに・・・」そうだ、また負けた。六本木に、フィリピンに、そしてドンキに負けた。天上も底辺も我を見捨てたもうた。俺は朝10時に敗北感を抱えて涙をのんで帰宅する。
てか、申請と受け取りで少なくともあと2回は大使館来ないといけないんですが・・・